Piano Magic / Son De Mar

独自の美学を貫き続けてとてつもなく完成度の高い作品を残しているものの、一部の好事家を除いて日本での評価はいまひとつ。なんてアーティストは数多くいるけれど、96年にグレン・ジョンソンを中心にロンドンで活動を始めたこのエクスペリメンタル・ポップ・ユニット=ピアノ・マジックもそう。

名門4ADからリリースされた本作『Son De Mar』(2002)は、ビガス・ルナ監督によるスペイン映画『マルティナは海』のサウンドトラックとして制作された作品。そしてこの映画といえば、どうしようもなくどうしようもない精力旺盛な男ウリセスと、どうしようもなくどうしようもない肉感的な女マルティナの悲恋の物語であり、終始官能的なムードを漂わせながらもラストはマルティナの夫の罠に落ち、二人がともに海の底に沈みゆくという美しも破滅的な内容。

ピアノ・マジックのトラックは、ヴィオラ、キーボード、ギターをメインとし、シンプルな音の点と線がヒリヒリした緊張感を維持しながら情緒豊かに音を紡ぐ。そして、そこにフィールドレコーディング好きの耳もくすぐる波の音が覆いかぶさり、ミニマルな鼓動をふくめたすべてを無慈悲に飲みこみ、また静かに漂う。その音の大海原による揺らぎは不吉な予感と隣り合わせにある異様なまでの美しさを携えており、アンビエント効果も抜群である。

映画のなかで印象的な地中海の映像美とマルティナ(レオノール・ワトリング)の曲線美を思いながらこの音に聴き惚れていると、うっかり意識が遠くなり耳が音の海に溺れそうになる。そして、鼻の奥には微かに死の匂いがこびりつく。

「沈没系音響名盤」なんてものがあるとするなら、ギャビン・ブライアーズ『タイタニック号の沈没』、ナース・ウィズ・ウーンド『Salt Marie Celeste』と並べてこの作品を讃えたい。

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